鳴り物入りでMNO事業に参入した楽天モバイル。当初計画よりも大幅な前倒しで人口カバー率96%を達成しましたが、建物の影や屋内などでの接続には不安も残っています。そんな中、楽天モバイルは競合3社が現在利用しているプラチナバンドを自社へ再割当させるよう要求しています。果たして正当な要求と言えるのでしょうか。

今、何が問題となっているのか
前提として、MNO各社に割り当てられている帯域とその帯域幅を振り返ります。
(2022年9月末時点)
(単位:MHz幅) | NTT docomo | KDDI*1 | SoftBank | 楽天モバイル |
28GHz帯 (n257) |
400 | 400 | 400 | 400 |
4.9GHz帯 (n79) |
100 | |||
3.7GHz帯 (n77) |
100 | 100 | 100 | |
3.7GHz帯 (n77/n78) |
100 | 100 | ||
3.5GHz帯 (n77/n78/Band 42) |
80 | 40 | 80 | |
2.5GHz帯*2 (Band 41) |
50 | 30 | ||
2.1GHz帯 (Band 1/Band I) |
20×2 | 20×2 | 20×2 | |
1.7GHz帯*3 (n3/Band 3) |
20×2 | 20×2 | 15×2 | 40×2 |
1.5GHz帯 (Band 21) |
15×2 | |||
1.5GHz帯 (Band 11) |
10×2 | 10×2 | ||
900MHz帯 (Band 8/Band VIII) |
15×2 | |||
800MHz帯 (Band 19/Band VI) |
15×2 | |||
800MHz帯 (Band 18/26) |
15×2 | |||
700MHz帯 (n28/Band 28) |
10×2 | 10×2 | 10×2 | |
全帯域合計 | 840 | 840 | 850 | 680 |
Sub-6帯域小計 | 440 | 440 | 450 | 280 |
Sub-GHz帯域小計 | 50 | 50 | 50 | 0 |
以上のとおり、確かに楽天モバイルはSub-6帯域の幅も狭く、一般にプラチナバンドと呼ばれるSub-GHz帯域に至っては全く割当を受けていません。
楽天モバイルの主張
この状況に対し、楽天モバイルは主として、一度割り当てられた帯域が、以後数十年にわたって他の事業者へ再割当されることが事実上ないことから、競合3社による既得権益であると声高に主張しています。
具体的には、NTT docomoとKDDI/沖縄セルラー電話の800MHz帯(前者はLTE Band 19およびW-CDMA Band VI、後者はLTE Band 18/26として運用)、SoftBankの900MHz帯(LTE Band 8およびW-CDMA Band VIIIとして運用)の内、各5MHz幅×2、計15MHz幅×2を検討対象とするよう、国に提案しています。
各関係者の反応
プラチナバンドの割譲を要求された立場である3社は、多少の温度感はあるものの、おおむね否定的な回答を示しています。現在多くの利用者がいること、これまでエリア整備に相当の投資をしてきたこと等が理由です。また、仮に再割当を行うにせよ、装置の更新や工事等に時間を要し、とても楽天モバイルが求めるスケジュールでは実現できないとしています。
楽天モバイルのような新規事業者の後押しも含め、携帯電話料金の値下げを画策する総務省としては、唯々諾々と3社からプラチナバンドを取り上げることは今のところしていませんが、お膳立ては進めています。本件に関するタスクフォースを開催し、関係者から意見聴取を続けているほか、2022年10月1日施行の改正電波法では、一定条件のもとに再割当が可能としました。
詳細は下記記事が詳しいのでご参照ください。
主張についての検討
消費者利益の軽視
さて、楽天モバイルによれば3社の既得権益であるプラチナバンドですが、 当然のことながら割当を受けた3社はこれらの帯域を、他の誰にも使わせないようにしているなどということはありません。自らサービスを提供し、また回線を貸し出しているMVNOを通じて、国民の大多数が利用できるように通信環境を整備しています。
既得権益であるから打破すべきである、新規参入した我々に再割当すべきであるという楽天モバイルの主張は、3社やMVNOと契約している消費者の存在を見落としているものです。
言うまでもなく、多くの消費者が日々パケット通信を行なっているプラチナバンドを切り取って楽天モバイルに与えれば、楽天モバイル以外の利用者は通信速度の低下や回線の混雑(輻輳)といった負の影響を受けることになります。
楽天モバイルは、他社のプラチナバンドの利用法が郊外の通信エリアのカバーを主体としていることから、多少再割当を行ったとしても既存利用者へ影響を及ぼすことは少ないと考えているようです。しかしながら、帯域幅は通信速度だけでなく基地局あたりの収容力にも関わる以上、エリアカバレッジを損なわないから即ち影響を及ぼさないという論理は成り立ちません。
端的に言えば、楽天モバイルが他社から帯城を奪うことは、既存利用者の便益を損なうことになるのです。このことに気付いていないようでは、消費者のため、社会のためなどと大義を掲げて、自社の主張を正当化する資格はありません。まさかとは思いますが、仮に意図的に無視しているならば、なおのこと悪質だと言えるでしょう。
主張間の矛盾
楽天モバイルは他社のプラチナバンドの利用法をカバレッジ確保であるとし、自らがこれを求める理由もまたカバレッジ確保であると述べています。
これが真実であるならば、必要な帯域は(国内で実績のある最小単位の)5MHz幅×2でも良いはずです。他社からはそれぞれそれだけ削れと言うのですから、他社の1/10ほどしか契約者数のない楽天モバイルには十分すぎるほどでしょう。
ところが実際には3社全てから計15MHz幅×2を要求しています。これはどうしたことでしょうか、明らかな矛盾です。
5MHz幅×2では足りないというのであれば、自社の10倍もの利用者がいる他社の収容力に悪影響を及ぼすことは明らかです。先に挙げた主張は嘘になってしまいます。
そもそも、楽天モバイルは参入当初から近年に至るまで、割当済帯域のみで実用に堪えるだけの通信エリアを構築できると繰り返し豪語してきました。その強気な態度はどこにいったのでしょうか。将来の見通しが甘かったとしても問題ですが、当時からこの状況を想定していながら隠してきたならば、株主や国、ひいては社会に対する裏切りです。
また、楽天モバイルはイコールフッティングという言葉を持ち出していますが、現時点での契約者数を無視して均等な割当が行われることはまずあり得ません。これは、2.5GHz帯追加割当に対するSoftBankの異議が覆らなかったことからも明確です。
公正性の欠如
楽天モバイルはプラチナバンドの再割当を要求すると同時に、自社の主張が通った暁には、移行にかかる経費を現在の割当事業者、つまりNTT docomo、KDDI、SoftBankが負担することも併せて求めています。
小売業に置き換えて考えてみましょう。客入りの良いテナントを長年使用しているのは卑怯だ、立ち退いて自らに明け渡せ、引越や改装の費用も負担しろ。突然そんなことを言われたら、恐怖でしかないはずです。
電波が国民の財産であり、その活用が常に検証されるべきものであることを鑑みたとしても、立ち退きを要求しておきながらその費用を相手方に負担させようとする姿勢は、明らかに非常識です。こんなことがまかり通れば、携帯電話に限らず、テレビやラジオ、公共用途といった他の帯域にも適用されかねない、著しく公正性を欠いた悪しき前側を残すことになります。
何より、自社が逆の立場に置かれた時も同じことができるのでなければ、それは不当な要求です。今後新たな移動体通信事業者が誕生した時、楽天モバイルは自社に割り当てられた帯域を喜んで明け渡すとでも言うのでしょうか。当然そうすると答えるのかもしれませんが、正式サービスインやメールアドレスの提供を予告よりも大きく遅らせたり、およそ発生しないとしていた大規模障害を起こしたりしている企業が言ったところで、誰も信用できないのではないでしょうか。
その他の検討点
楽天モバイルが具体的に求めている帯域にも問題があります。上述のとおり、3社の基幹バンドのひとつである800/900MHz帯です。主張どおり再割当を受ければ、3社と同じバンドとしてそのまま運用できます。これは即ち、他社の契約者が端末を変えることなく転入可能な(他社から楽天モバイルへのMNPが容易な)環境が作り出されるということです。電波の有効活用という公益性を超えて、市場競争において自社を利する意図を、楽天モバイルは否定できるのでしょうか。
主張し始めたタイミングにも思惑があるように感じられます。3社はかねてからの800/900MHz帯を4Gで運用する一方、巻き取りに時間を要していた700MHz帯は2021年以降に5Gでの運用が始まっており、今後も中心となっていくことが予想されます。裏を返せば、楽天モバイルが1.7GHz帯の割当を受けた2018年当時は、700MHz帯もまだエリアが広くなく、十分に活用されているとは言い難い状況でした。後知恵かもしれませんが、この時期に700MHz帯を求めていたならば、再割当もまだ実現可能性が高かったのではないでしょうか。
自分で自分の首を絞めている構図ももちろん、それ以上に、各社がエリア整備に資金を投じ、後戻りができない段階まで進んだところでそれを寄越せというのは、素人目にも不可解に思われます。
プラチナバンド獲得の可能性を探る
ここまで楽天モバイルの主張に対し反対意見を書き連ねてきましたが、私も楽天憎しと筆を取ったわけではありません。私自身楽天モバイルを契約し、楽天経済圏に身を置く者として、健全な市場競争を願ってやまないからこその当記事であります。
楽天モバイルがプラチナバンドを獲得し、競争力を高めることで、各社のサービスが向上したり料金が低廉になったりすることはもちろん好ましいことですが、そのためにこれらの問題を無視して良いわけではありません。
当記事を対案なき批判で終わらせたくはないため、上記のような問題点を可能な限り排除しつつ、楽天モバイルがプラチナバンドを獲得し、ひいては携帯電話業界に良い切磋琢磨が生まれるようにするにはどのような可能性があるか検討したいと思います。
900MHz帯未割当帯域の活用(実現可能性:低)
MCA無線帯域の再編に伴い、845〜860/928〜940MHzに未割当の帯域が生まれます。楽天モバイルが割当を受けられれば、万事解決しそうなものです。
しかしながら、現在この帯域はLTEおよびNR用の帯域として国際的な標準化がなされていないため、実現へのハードルは限りなく高いと言えます。事実、総務省が活用方法を調査した際にも楽天モバイルが移動体通信用途での提案をしたものの、諮問機関からの答申で標準化されていない点を指摘されています。
1.5GHz帯のようにおよそ日本の他では使用されていない帯域を国際標準規格に捩じ込んだ前例もないわけではないため、長期的には視野に入るといったところでしょうか。
他用途帯域からの再割当(実現可能性:中)
3社が割当を受けているプラチナバンドも再編以前は他用途で用いられていたものです。すでに移動体通信用に標準化されている帯域で整理ができれば、楽天モバイルへの割当も現実的になります。
とりわけ可能性が見出せるのは600MHz帯です。663〜698/617〜652MHzはBand 71として定義されており、アメリカではテレビ放送用帯域を再編して移動体通信事業者に割り当てた実績があります。日本でも地上波用に割り当てられている範囲ですが、実際には使用されていないホワイトスペースが存在します。周波数共用なども含めて整理の余地はあると考えられます。
他には450MHz帯がフィンランドで割り当てられた例などがあります。いずれにせよ電波再編を必要としますが、標準化を待つよりは現実的ではないでしょうか。
MVNOとしての借受(実現可能性:高)
現状でもパートナーエリアとしてKDDI/沖縄セルラー電話とのローミング提携を結んでいる楽天モバイルですが、一般的なMVNOとは比較にならない高額の利用料をKDDI/沖縄セルラー電話に支払っています。これは、あくまでローンチ直後のMNOが整備を進めるまでの繋ぎとしての借受であるため、法令で定められた接続料が適用されないからです。
国が競争環境を政策的に整備するのであれば、プラチナバンドを割り当てられていない事業者が、他社のプラチナバンドを借りるケースに限り、この接続料を適用するなどのルールを定めても良いのではないでしょうか。
技術的にはすでに行われているものになるので、ここまで挙げた案の中では最も可能性が高いように思われます。NTT docomoはMNOである事業者がMVNOとしても営業することに不満をあらわにしていたこともありましたが、プラチナバンドを切り取られずに済むのであれば首を縦に振るかもしれません。
ぜひ、消費者の視点から議論を
この問題については、報道等で目にする限りいずれの関係者も消費者の視点が欠けた議論に終始している印象を受けます。消費者不在のまま検討がなされることには疑問を抱いており、ぜひともパブリックコメント等を通じて国民の声が反映される形で結論が出るべきだと考えています。
繰り返しになりますが、私は決して楽天モバイルがプラチナバンドを獲得することに反対しているわけではありません。最善の方法で日本の携帯電話業界が活性化される願いつつ、今後も動向を見守りたいと思います。